2017年9月イタリア旅行5日目


今まで、テレビでしか見たことがないポンペイ遺跡。ヴェスヴィオ火山の噴火によって一瞬で壊滅した町。なんでも、その当時の生活がそのまま火山灰に閉じ込められたまま数千年、そのまま手がつけられていなかったそうだ。近年の発掘で世の中に広く知れ渡ったというわけだ。

そう広くもない町のあちこちに石でできた「壁だけ」が迷路のごとく残っている。この中で、逃げ遅れたおびただしい数の人間や動物がきっと、瞬時に息絶えたのだろう。大人や子供のまるで今から動きそうな姿勢の「石となった展示物」を見て、そう思った。

廃墟の町の細い石畳を歩いていると、かつて酒場とレストランが密集していたと言われる場所に遭遇した。道に面して円形の大きな「かまど」がいくつも並んでいたので、調理がされ客に振舞われてていたことが伺えた。それはまるで現代のイタリアの路地裏を彷彿とさせるような配置。過去も今も、人々の営みは基本、たいして変化していないのかもしれない。

浴場も見学した。高い位置から光が差し込む小さな部屋の奥にはまるで日本の大衆浴場のようなタイル張りの浴槽があった。ここで、タオルを巻いた男たちが湯浴みをしていたと想像するに、これまたテルマエロマエならぬ日本の銭湯そのものだ。

様々な感慨を胸におさめてポンペイ遺跡を後にし、ガタゴト揺られて各駅停車の電車に乗って小一時間。行く先はソレントだ。イタリア民謡「帰れソレント」の町は数百メートルはあろうかと思われる断崖絶壁の台地に広がっていて、さぞかし海から敵は近づき難い天然の要塞のような土地であろうことは容易に想像がつく。アマルフィにつながる「レモン街道」の始発点だ。

その断崖絶壁を、便利な有料エレベーターに乗って海岸に降りた。ここからも南イタリアを代表するリゾート・カプリ島やポズィターノそれにアマルフィへと船が出ていることから、観光客が異様に多い。おそらくほとんどが海外からの観光客に違いない。それが、レストランでの体験によって証明されたのだった。。。

まて次号。

#旅行

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© 2019 Ryoji Shimizu